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9月から始まったこの『婚前読本』も、ついに(やっと、かしら? うふふ)最終回。短い間ではあったけれど、みなさん、お付き合いくださってありがとうございました。全8回の中に書きたいことのすべてを入れるのは無理だったから、考えた末に取り上げなかったテーマも多かったとはいえ、各テーマで、アタシなりに伝えたいことは伝えたつもりでいるわ。担当編集の方にうかがったら、エッセイがひとつアップされる度に、2万人弱の方々が見に来て下さっていたとのこと。どうやら当初の予想を上回る数字だったようで、アタシも、ありがたく思うと同時にホッとしているわ。改めて、本当にありがとう。
『結婚』をテーマにこの一連のエッセイを書いてきたアタシだけれど、結婚する人たちだけに向けたエッセイって、実は、プロポーズをテーマにしたものくらいなのよね。それ以外は、パートナー同士の礼儀だったり、肉親との距離感だったり、孤独との付き合い方だったり……。結婚していない人や、結婚を視野に入れていない人が、「これは私にフィットする話題ではないわ」と思ってしまうようなものは極力入れないようにしてきたの。その理由をお話しすることから、この最終回を始めさせていただくわ。
アタシの、結婚経験のあるオンナ友達には、結婚していて子どももいる人たち、結婚していて子どもはいない人たち、離婚して子どもを育てている人たち、子どもを持たないまま離婚した人たちがいる(専業主婦か、給料の発生する仕事に就いているかも、人それぞれね)。そして、結婚経験のないオンナ友達には、シングルマザーになった人たち、いずれ結婚したいと思っている人たち、将来的にも結婚するつもりのない人たちがいる。彼女たちそれぞれとさまざまな話に花を咲かせてきたけれど、興味深かったのは、同じカテゴリーに入っている人たちであっても、「どんなときに強く幸福を感じ、何に安らぎを感じ、何に悩んでいるか」ということが見事なまでにバラバラなこと。これがアタシにとっては、もっとも印象的なことだったのよ。
「カテゴリーが変われば、幸せの種類も変わってくる」という傾向は、誰でも予想ができるものではないかと思うの。子どもの成長が一番の幸福になる人、仕事の成功が最高の喜びになる人、恋人との時間が心の中心にある人、知性を刺激する友人との交流に快楽を見出す人、趣味に打ち込むことに充実感を覚える人。どれを選ぶのも、アナタの自由よね。それなのに、どれかを選んだ後に、ほかの誰かから「私は選んだ幸福は違う。私が選んだ幸福のほうが“正解”だ」と言われたら、アナタはどんなふうに思う? アタシだったら間違いなく、「勝手に決めないで。それは単なるアナタの思い込みにすぎないのよ」と言うでしょうね。
でも、アナタの周りを見回してみると、そんな“勝手な思い込み”がかなりの勢いで浸透しているんじゃないかしら。「オンナは家庭に入るのが一番の幸福だ」とか「子どものためには、いつでも家にいるお母さんでなければいけない」とか。もしかしたら、これを読んでいる人の中にも、いま挙げたふたつのことにうなずいた人もいるかもしれないわね。「ホント、その通り。誰にとっても、それが“正解”」と。アタシは、率直に言って、そういう人たちにはまったく賛成できないわ。
アナタがこの先、どんな人生を選択するのか……。アタシは千の目、万の目を持っているわけではないから、読者の方々ひとりひとりの人生を見届けることは無理だけど、たぶん、近い将来かなりの確率で、同じカテゴリーにいる人たちと話をするときに、「私たちのチョイスが一番正しいよね」という流れになることがあると思うのね。専業主婦の人たちはワーキングマザーを下に置きたがり、ワーキングマザーは専業主婦を下に見ようとし……(そう言えば、何年か前、『ふざけるな専業主婦』という本がきっかけで大論争が巻き起こったこともあったわね)。そんな流れに遭遇したときに、まずは、ほんの一瞬でいいから、立ち止まってみてはもらえないかしら。
「そういう話をするな」というのは、はっきり言って不可能に近いことも知っているわ。って言うか、アタシだって聖人君子からは程遠いところにいるオンナ(正確にはゲイ)だから、友達と誰かの悪口をバッシバシに言ってることもあるもの。スゴいわよ、アタシたちの悪口大会は。なまじ言葉尻だけはエレガントなもんだから、余計に「高みから見下ろす」感あふれるオーラに満ち満ちて、まさに「魔女会議」と呼ぶにふさわしい風格よ! って、こんなこと、自慢にもなんにもなりゃしませんけれどね。とほほ。
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